インタビュー

自律学習だけでなく、自律育成する組織と人事部の関わり方

全日本空輸株式会社

株式会社日立製作所

人財統括本部 

人事勤労本部長 兼 総合教育センタ長

 
田宮 直彦氏

不変の人財育成基本理念と弱まる育成力の懸念

KAIKA カンファレンスには、旧HRD JAPANの頃より毎年ご参加いただきありがとうございます。今回のKAIKAカンファレンス2015へ参加されるにあたり、関心のあるテーマや御社の課題があれば教えていただけますか。

今一番我々の議論になっているテーマは、グローバルビジネスを引っ張っていくリーダーをどうやって創りこむのかということです。

人の育成は管理監督者の仕事です。弊社には、教育綱領というものがあり、日立の人材育成の基盤となっています。そこには、「OJTを基本としそれを補完するものがOFFJTである」とか、「すべてのマネジャーに部下の育成責任があり、絶え間なく部下の学ぶ意欲を引き出すこと」といったことが書かれており、50年以上前からずっと変わらぬ企業文化となっています。

しかし、今実際にどうなのかと考えたときに、組織がフラット化して、マネジャーがプレイングマネジャー化する中で人を育成する力が弱くなってきているんじゃないかと懸念しています。

 

また従来、我々は、新人を採用し、主任、係長、課長という段階を踏む中でリーダー候補を選抜して来ましたが、大きくグローバル化に舵を切るなかで、本当にグローバルなビジネスを引っ張っていくリーダーを担える人を選んできたのか?そもそも日本人である必要があるのか?現在、質的にも量的にも充分な育成ができているのかを考える岐路に立っていると思います。

国内で実績がある人=グローバルリーダーという訳ではない

問題は2つあって、1つは日本人社員のなかで、グローバルで戦い、修羅場をくぐってきた経験のある人がそれほどはいないということ。

もう1つは、今までのリーダー選抜の仕組みで選ばれた人財が、日本人の男性中心に偏っていて、海外人財を含め、本当に今必要な基準で見た時にグローバルに戦える人選になっていないのではないかということです。日本のなかで実績を上げてきた人たちだけを絞りこんできただけではないかという、この2つが大きな問題意識があります。選抜についても育成についても、この10年くらい取り組んできて仕掛けはたくさんあるにも拘らずそういう問題意識が出てくるということは、やはり「人の見方」自体を変えないとダメなのではないかとも思います。

それから、育成の手段も、「グループ、事業を越えたローテーション」とか、「海外経験」とかあるべき姿の話はできても、本当に実行できているかというと、必ずしもうまくいっていないのが実情ですそういう意味ではやっぱりどこまで本気で人財を創りこむ覚悟をもってやるかという問題と思うんです。欧米企業は”この人材”と決めたら、そういうアサインメントをしますよね。

まずはトップが本気を見せて欲しい

また人財を創りこむ上では階層の下から積み上げていくのではなくてまずはトップが直下の幹部に、本気で失敗を覚悟で厳しい経験をさせるとか、失敗した人がちゃんと再チャレンジできるということを本気で実際に見せていくこと、そしてその幹部がさらに同じように本気で自分の部下の育成をする、そうした連鎖を作っていくことが大切だと思っています。

再チャレンジをする場の創造について、どのようなお考えをお持ちですか?

人を育成する上で、部下がこれをやりたいと言ってきたらやらせてやれ、たとえ失敗してもやらせることが大切だとか、失敗から学ぶことが大事だとか、など、ということが言われていますが、実際の職場でどれだけ本当に実行されているのか、先程言った「育成の連鎖」がどれだけ実現できているかが重要だと考えています。

昨年から「従業員サーベイ」をグローバルベースにして、20万人規模で実施していますが、幸い「会社への誇り」「上司のマネジメント」など、13指標全てで数値が改善傾向にあります。これは、現在取組んでいる色々な施策が成果を出し、日立が変わっていることを、多くの社員が実感しているということだと思いますが、しかし、「キャリア形成の場」「自分が人間として成長する場」としての会社という評価が、日本は他国と比べると薄いという結果が出ていて、会社全体をラーニングオーガナイゼーションにするにはまだまだやるべきことがあると感じています。

部下の育成は誰の責任?

日本ではラーニングオーガナイゼーションになりにくい背景というものがあるのでしょうか。

以前に比べると目の前の成果評価がとても強くなっているということもありますし、マネジャーの在り方が変わってきていると思います。 

私が入社したころは、部長も課長という組織階層もはっきりしていたし、自分の部下によく目配りする時間もあって一人一人にどういう成長機会を与えるかとかいうことをじっくり考えて取り組んでいたと思います。

私自身もそのように成長機会を与えてもらっていたと思っていますが、ビジネスのスピードがどんどん速く、グローバルに広がる中で、管理者がプレイングマネジャーになり、日々成果を上げなければならないという雰囲気のなかで、部下とじっくり向き合うことが減ってきたのではないかと危惧しています。極端な場合、もちろんあからさまに口に出す人はいませんが、育成は自分の仕事ではなく、人事の仕事という意識を持っている管理者もいるのではないかと懸念しています。

ジブンゴトではなくなってきて、今は事業の成果を上げるということにどうしても目線がいってしまうということでしょうか。

先程お話したように投射の教育綱領では「管理者の部下の育成責任」を明記していますし、昨年10月に改訂する以前の月俸者の評価基準である「HIATCHI VALUE」の10項目の1つは「人材の育成」になっていました。しかしながら「従業員サーベイ」の結果を見ると、実際には部下もそういう実感を持てていないというのが現実ではないかと思っています。

一方、自分で自分のキャリアを作るために必要な勉強やスキルは自分で学ぶというのが欧米は前提ですよね。でも日本では、少なくとも初等・中等教育ではそういう思想になっていないし、場合によると大学生もそういう姿勢で勉強していないケースも見受けられる。日本の企業も新卒を採用して、新入社員教育から始めて、自前でお膳立てた教育体系を用意してきましたから、言われるようにやっておけば悪いようにはならないといった意識があるのではないでしょうか。

「日立しか知らない」を変えていく

「教育は与えられるものだ」ということが日本社会や日本人の意識の根底にありますね。

当社に応募してくる学生さんと話すと、日立は大企業だからとか、教育のシステムが整っているとか、入社すれば育ててもらえるのではないか、もちろんこんな直接的な言い方ではないですが、根底にそうした「会社頼み」のような意識を持って応募してくる人もいます。

それでも30代くらいまでの若い年代は、世の中の変化を肌で感じているし、大学でもグローバルなプログラムや外国人留学生と接する機会も随分増えてきているから、自ら学ばなければいけないといのはわかっているのかもしれないですけどね。だから海外どこでもやらせてくれという人材を採用しているつもりですし、社内の若手と話していて、内向き志向の人はほとんどいないのですが、どうも課長手前くらいから、従来の部課長タイプの背中を見てしまうというか、失敗を恐れ、守りに入るような感じが出てきてしまうように感じます。

それは先ほどの課題にもあったように、グローバルで戦った人がいなかったり、国内で実績のある人がモデルケースになっているということにつながるんでしょうか。

そうだと思うんですよね。そういう意味では経営陣や部課長層の人財の多様化を考えなくてはいけないということも考えています。取締役は人数も少ないし、トップの決断で取締役会は、社外取締役を入れ多様化できたと思いますが、執行役、その次のクラスというとなかなか難しいですね。大半が10~30数年、日立のなかで成功体験を積んできた、日立しかしらない、日本人の男性ですよね。だから今はやっぱりそれがモデルになってしまうんでしょうね。

グローバルメジャープレーヤーとして2桁の利益率をめざすには、やはり今までの延長線ではダメで、これをどう変えて行くのかを今議論しているところです。

「自分のキャリアは自分で作る」仕組みへ

グローバル要員を採用されていると以前お聞きしたことがありますが、採用の仕方も変えているのですか。

もちろんです。「求める人材像」を見直しましたし、質問自体は大きく変わらなくても、レスポンスに対する見方・比重は大きく切り替えました。

エンジニアについては、元々「ジョブマッチング」方式で採用を行っていますが、「やりたい仕事を、やりたいところで」というのがPRポイントだったのですが、一部にこの仕事しかやりたくないとか、狭い範囲で視野や好奇心が広がらない人財を採用することになっているのではないかという懸念が出てきています。

今の仕事は、むしろ逆に分野をまたがる大規模なシステム化や様々な分野の融合という方向に進んでいるので、来年度から採用方法を変更する予定です。

このように必要に応じて採用方法や人財の見方は変えていますが、入社後の育成については、入社後2年間を「研修員期間」として位置づけ、その間は指導員が付いて手塩にかけて育て、2年後に「研修員論文」をまとめて、発表するという流れは変えるつもりはありません。しかしそこから先は、「自分のキャリアは自分で作る」という考え方をベースに仕組みを見直していきたいと考えています。アセスメントの機会を与えて今後必要な能力、足りないところを自分で理解してもらい教育・育成のメニューの中から、何を選択し、どう力をつけていくかは自分次第という形に変えていきたいと思っています。グローバルな観点でもこうしたやり方に転換することが不可欠で、かつフェアだろうと考えています。

知識の積み上げだけでは変わらない

グローバル要員は日本人にこだわる必要はないとお考えでしょうか。

こだわるは必要ないですね。ただ、人財確保・育成については、大きく2つの分野に分けて考えなくてはいけないと思っています。

我々のような重厚長大な長期レンジの技術や製品・システムを事業としている会社は、やっぱり長年積み上げてきた技術が基盤です。だから、例えば一部の分野のIT系の会社のように新しい人がどんどん入ってきて、即戦力になるということは難しい。そういう分野・業務では、異分野経験とか日立にないもの持っている人材、という話ではないと思っています。

従来のように新卒を中心に採用して、もちろん日本人でなくても構わないですが、ある程度の素養の上に、日立の技術や知識・経験をしっくり載せて人財を作るということが、感覚的には7~8割は占めるんだろうなとは思っています。

一方で、事業が大きく変わって、ソリューションを考えるとか、経営もそうですが、そういう分野については、従来は日立のなかの知識や経験を積み上げた人財の中から選抜して経営者にしていた訳ですが、もっといろいろなバックグラウンドを持った人財を入れる必要があると思っています。日立のなかで、会社が提供したものをずっと積み上げていくということに慣れた人達だけでは変化は起きないと思うんです。採用の仕方も育成の仕方も従来のような「単線」から「複線化」する必要があるんだろうと考えています。

複線化していくことが重要で、そのほかにも、フォーカスしながら事業と合わせ、人材のマッチングを考えていくというのがより重要になるということですね。

そうですね。

自分の経験していないことこそ部下にさせるべき

今回、コンソーシアムでカンファレンスのテーマを検討していくなかでも、部下育成はフォーカスされたテーマの1つでした。OJTの仕方がよくわからない、もちろんそういう研修はしているが、実際にその状況になったときに形として現れないということが話題になり、今のお話に共通するところを感じます。

実際のその仕事のやり方、やらせは、ただ研修をしても職場に戻ったら元に戻ってしまうでは意味がありませんよね。先程も言ったように、上の人間が自分の下を作ることが重要です。本部長が部長を作り、部長が課長を作るといった育成の連鎖を作らないと企業は強くならないと思っています。

 

但し、人財の育成も、実際は前よりももっと難しくなっていて、自分自身が経験してきたことに基づいて教えるだけではもはや通用しなくなっています。私自身、事業のグローバル化に適応できるのかとか、グローバル時代に要請されている充分なスキルと能力・経験持っているのかというと必ずしも自信はありませんが、部下の人たちには私とは異なる経験なりスキルを身に付けられるような環境を用意するのが本人のためだと思うし、会社のためだと思っています。

私自身は、海外で勤務する機会を得て、日本では経験し得ない経験を通して、今までのやり方だけでなく、違う角度や+αを考えるようになったと感じることがあります。やはり、日本のなかにいて、しかも日立のなかだけにいると、なかなか気づかけないことが多いことを痛感したので、そうした「外の世界」に触れる機会を部下の人にはなるべく提供してあげたいと思っています。

一方で事業の現場を回ってみると、全体がとは言いませんが、いわゆる旧態依然とした長時間残業前提の働き方や「つべこべ言わずにとにかくやれ」といったマネジメントもまだ残っているというのが現実なのですが。

人事部はあくまで上司が部下の能力を伸長させるためのサポート

現場では、旧態依然とした仕事のやり方もズルズルと続いているということですね。

全部が全部そうだとは言いませんが、やはり職場の上長は、部長も、事業本部長や事業所長もずっと同じ職場から上がってきているのが一般的なので、やっぱりそう簡単には仕事の仕方を変えることは難しいのではないかと思います。

海外でマネージャーや社長の経験でもしてれば違うかもしれないですが、そうでないとワークライフバランスだ、もっと時間じゃなくて成果でとかいろいろ言っても、職場はそう簡単に変わらないのではないかと思います。そういう意味で、経営陣や部課長層の人財の多様化が重要だと思っています。

人事は間接部門ではなく、ビジネスの伸長に直接つながるような役割に

人事部があると現場は育成に関わらなくなるので、将来的に人事部はいらないといった話も聞いたことがあります。今回のカンファレンスでは、「これから10年人事の進む道とは」というテーマを掲げています。人事のこれから10年はどんなふうに変化していくべきなのか、どうあった方がいいのか、というところをお聞かせいただけますか。

私が入社した頃は、組織を守り、従業員の雇用を確保し、安心立命を維持するのが人事の仕事だと言われました。でも、現在は、どれだけ個人個人の能力とアウトプットを上げて組織力を上げ、付加価値と生産性を上げるか。グローバルでオープンな市場のなかで、人事としてどのようにそこに貢献するかということが重要だと思います。

そうなると、人事はもっと直接的にビジネスに寄り添い、ビジネスラインの日々の仕事のなかで、上司が部下のアウトプットを上げさせつつ、能力を伸長させるという、そういうサイクル確立することを人事がいかにきちんとサポートしていくかが重要です。

 

そのためには、人事部門が従来以上にITを活用することが不可欠です。当社が一番遅れているかもしれませんが。

ITを使って、上長が部下個人のプロファイルやキャリア等だけでなく、従業員サーベイの結果を通して職場のメンバーがどのように感じているのか、エンゲージメントが上がっているのか下がっているのかとか、そういうデータを容易に入手でき、マネージャーとも共有することができるようになってきています。マネジャーが必要な時に必要な情報を入手してマネジャーが自分自身で判断できるような仕掛けを今後作っていきたいと思っています。そうすれば、上長が部下に対して「こういう部分が足りないな。こういう研修に行かせよう」というようなことが自分で判断し、機会を提供することができるようになる筈です。

その上で、人事はマネージャーが「ターゲットをここまで持ち上げなければいけないがそのためのリソースが足りない」「人事や組織に関してどういう手立てを打てばよいか」というような相談に「こういう手が打てる」といったアドバイスをし、共に施策を打つような、ビジネスの伸長に直接つながるような役割になると考えています。と言うより、そういう役割を果たさなければ、人事部は必要なくなるのではないかと思います。

 

まずその前提は、人材育成だとか評価だとか、そういうものは人事の仕事で、査定だけするというマネジャーではなくて、業務人の育成のプロセスはラインのマネジャーの仕事だという認識とマインドセットと、それに資する仕掛けを人事が用意するという役割分担に変わらなければなりません。

 

人事部が持っている情報をそこだけで囲い込むのではなく、やっぱりきちんとラインに渡して、その使い方も伝えて、活用の仕方で悩むところがあれば常にガイドできるように変わっていく必要があると思います。

個人に対してもキャリアのアドバイスができるような役割でしょうか。

個人に対してもそうですし、マネジャーについては、組織開発のような、組織のエンゲージメント上げるために必要なソリューション型の施策提案を人事ができるようになることですね。

人事はもっと事業を知って、事業に入り込んでいかなくてはいけないと思うし、その上で、組織と人をどうしていくかということをアドバイスすることが大切なのではないでしょうか。トップと寄り添って、一緒にやっていく役割ということだと思います。

外を見て、内を知ることが大切

最後に、KAIKAカンファレンスに対して、期待や要望があれば教えてください。

我々は、日立グループの人事総務関係の職能教育をこの3年くらいかけて再構築しています。日立グループ全体のなかにもその人事制度の変遷も含めて学ぶべきものたくさんあります。一方で現在起きている様々な人事的な課題、M&Aなど、たくさんの変化とその対応をきちんと学んでもらんでもらえるようなにしています。しかし、それだけではやはり足りず、社会や他社で何が起きていて、アカデミアの人たちは何を言っていて、それを自分の状況と照らし合わせた時に、自分たちは何をしなくてはいけないのかを考える・感じるということが、とても大事なことだと思っています。だから、KAIKAカンファレンスや、さらに海外の人事関連のカンファレンスにも参加し、感度を上げるよう、人事部門の社員の皆に紹介しています。こういう場を用意していただけるというのはとても貴重ですよね。

ただ、参考になるような業界・会社の取組みというのはとてもありがたいですが、あまりに独自の実践的な事例紹介になり過ぎていて、自社での参考にならないものもあります。施策のコアにある概念・理論や、学問的にその成功要因、失敗要因を分析するといった部分とセットでないと、「うちの会社は違う」で終わりになりかねません。なので、そういった理論部分も一緒にしていってほしいと思います。

 

本カンファレンスでは、コーディネーターに理論を語れるアカデミックな方々お呼びして、実務者である講演者とともに語っていただく形式をとっていますので、腹落ちしていただけるのではないかと思っています。

聞く方も、聞いて終わりにしない姿勢が必要ですね。

 

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