インタビュー

人事パーソンとして重要な経験は、『人事』としてビジネスの現場に入ること

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アステラス製薬株式会社

人事部

組織人事グループ 次長

採用・研修企画チームリーダー

松永 輝真 氏

個人のスキルアップをはかる「人材開発」に比べ、「組織開発」はその定義の曖昧さゆえか、日本企業に上手く浸透しきれていないという課題があります。

そんな中、アステラス製薬では、ミドルマネジャーを軸として、組織を強くする施策を実践されています。以前から「組織開発」に興味を持っていたと仰る組織人事グループ 松永氏にお話を伺いました。

松永氏には、次回のKAIKAカンファレンスの委員として参加していただいています。

組織を強くするための核となるミドルマネジャー

御社の人事が現在注力されている取組みについて教えていただけますか。

2014年の10月から組織開発の取り組みの一環として、ミドルマネジャーを対象としたプログラムを始めました。ミドルマネジャーが一同に会して、「現場のマネジメント力強化のためにどんなことが必要とされているのか」について徹底的にディスカッションするというものです。

現場マネジメント、特に個々の従業員の成長支援、キャリア開発についての重要性を再認識し、従業員個々にダイレクトにマネジメントをするミドルマネジャーを介して組織全体を強化していくことが主な目的です。

 

このプログラムは発案から時間をかけて実施に至りました。人材開発担当者が直接現場をヒアリングして回り、ミドルマネジメントを起点とした組織開発が本当にワークするのか、といったことを時間をかけて検証していきました。

 

経営から現場に経営戦略が落とし込まれる流れを「縦」、現場のマネジメントを「横」と捉えた場合、縦と横を上手くつなぎ組織運営していく役割がまさにミドルマネジャーであるということで、この機能強化が必要だとヒアリングの過程で改めて感じました。最初はパイロット的にミドルマネジャーに集まってもらい、ディスカッション形式で「アステラスにおけるマネジメントに何が必要なのか」を語り合ってもらう場を設けました。この場はとても有効で、プログラムイメージを固めることができたとともに、マネジャーの方々はそういう場を求めていたこともわかりました。

 

このような考えのもとスタートして、初年度の一回目は、各本部単位でワークショップを展開し、当社のコンピテンシーモデルを元にディスカッションをしてもらいました。合計350人のミドルマネジャーが全員参加して、ディスカッションしたのです。

二回目を迎えた今の状況はどうですか。

二回目になる2016年度にもワークショップを実施しました。そこでは、異部門混成で実施しました。方向性の共有と、ミドルマネジャーが自分たちの組織をどのような方向づけをしていくのかについてマネジャー同士でディスカッションをした後、現場に戻ってからチーム全体でその方向性について目線合わせをするというアクションにつなげました。

成果としてはいかがでしたか?

image2一回目は忌憚のないところで自分たちの部門の現状を把握することが出来ました。そして二回目は、自組織の「方向性の明示と共有」についてディスカッションするとともに、「自分達の部門のマネジメントはどうなのか」、「他のところはどうなっているのか」、ということを知ることで、自分自身のマネジメントスタイルを客観的に見直すことが出来たと思っています。アンケートでも「来年以降も異部門を混ぜて実施してほしい」という意見が多く寄せられました。

当社はバリューチェイン毎に区分けされた組織形態をとっているので、社内であっても、ところ変わればマネジメントスタイルも全く異なる、それを認識する必要がありました。

一方で、アステラスでは「ワン・アステラス」という考えがあります。環境変化に対応できるしなやかな組織づくりにおいては、個々の特性を認識し、強みを活かしながらも、全体として強い組織にしていくことが大事だなと思っています。

この取り組みを始められる以前にもマネジャーの研修はされていたと思いますが、やはり今回はしっかりとしたディスカッションを行ったというのが良い結果に寄与したのでしょうか。

新任マネジャーには、マネジメントを行う上で必須不可欠な知識を学ぶティーチング形式の『新任マネジャー研修』を実施しています。しかし、このプログラムは、実際にフロントラインマネジメントをおこなう上で数々の課題意識をもっているマネジャーが、同じ立場で、しかも異部門の人達と課題を共有して、アドバイスし合い、お互いの立場に立ってマネジメント課題を共有することに主眼をおいて実施しています。

これまでは、リーダーシップ開発をタレントマネジメントと連動させて進めるということをずっとやってきました。ただ、リーダーシップ開発だけで組織全体が強くなるのかということには課題意識がありました。それで何をすべきなのかをずっと考えていました。行きついたところが、「フロントラインマネジメント機能を強化していかなければいけないんじゃないか」、ということだったんです。以前海外に赴任していた時期は、「組織開発」を具体的なアクションとして取り組み始めた時期で、これは日本でも今後広がっていくのではないか、当社内でも「組織開発」に関する何らかのプログラムを考えるべきではないか、と思っていたんです。時期で言いますと2008年から2010年ぐらいですね。

確かにそのころから組織開発というキーワードが出始めましたね。

「組織開発」というキーワードはありましたが、日本ではまだ具体的なアクションは広がっていなかったように思います。誤解されないといいのですが、このプログラムが、イコール「組織開発」ではありません。これは、あくまでも取り組みの一部分なのであって、ミドルマネジメント力強化による組織開発が広がっていくことを期待している、ということです。          

あくまでも組織開発のための一つの手法ということですね。とてもすばらしいアプローチだと思います。このプログラムが御社での組織開発のプラットフォームとして自走化されていくといいですね。

このプログラムは、ミドルマネジャーに対する研修という位置づけというよりは、むしろ現場での活動につながっていってもらいたいという期待があります。現場が動いてくれないと意味がありません。マネジャーの為の研修ではない、マネジメント力強化を基軸とした「組織の強化」なんです。

組織の能力を高めていくのは誰の役割か?

海外の企業では人事とマネジャーの役割が明確に定義付けされていて、組織力を高めていくということもマネジャーの仕事とされている場合が多い。ジョブディスクリプションとして明文化されているというのもありますね。日本はその役割が曖昧になっていると感じます。

それは確かにそのとおりかもしれません。日本の企業はもともとそこまでにマネジメント機能を明文化したものはなかったのですが、一方で、昔はたまたま小集団活動などを活用するなどして、ユニット単位でまとまっていたため、「組織を作っていく」ということが自然にワークしていたのではないでしょうか。

 

最近のマネジャーは、成果主義の考え方のもと、成果や業績ではメンバーを引っ張っていける。けれど、それを支える人や組織をビルドアップすることに対しては、誰がその責任を負うのかということが不明確なところがあったようにも感じます。

現在の日本企業のマネジャーは、「それは人事の仕事だ」と考える方も多いと思います。そのため、このような研修をやると、「やらされている」だとか「呼ばれた」とかいう方もいらっしゃいますよね。

マネジャーが自分の組織に強い責任をもっていて、成果だけではなく、組織構成員個々人の成長にまで責任があるんだ、という価値規範は、相当強く訴えていかないとなかなか根付くものではありません。この場を設けたことで、全面的に解決の道筋が見えたなんてとても言えず、これは息の長い道のりの最初の一歩だと思います。

以前他社の方とお話をしていて、かつての日本企業は、マネジャーが個人の成長や組織のエンゲージメントを高めていくことにもっと力を入れていた、もっと得意だった、という話を伺ったのですが、松永さんはこういった意見に対してどうお考えですか。

image5歴史を紐解いて詳細に分析をしたわけではありませんが、かつての生産現場でのQC活動なんかを考えると、成果ではなくて、組織運営上の求心性を保つことも目的の一つとして実施していたのではないかと思います。そういったことで、みんなが共同の「組織」としての強さを持っていたのではないかと考えています。

 

現代のビジネスでもそれが大事かというと、よく分かりません。しかし、同じ成果に向かって、ひいては同じビジョンに向かってベクトルを合わせていくということは、組織を強くするために必要だと思っています。振り返れば、私が新人だったときのマネジャーはメンバー個々の成長に対して、きちんと見ていましたね。私がこのプログラムを何とか実現したいな、と思ったのも、新人のときについた上司の強力なマネジャーとしてのインパクトが大きく影響しています。

そのマネジャーと仕事をしていたときに感じた「自分がものすごく成長している」という実感、「このチームの中にいるからこその仕事に対するコミットメント」等、あのときのグッと立ち上がったという感覚や強さというのは組織の力に他ならないと思っているんです。

社会人でそういうマネジャーに出会えたかどうかって大きいですね。不幸にも出会えない場合もあります。

そうです。その出会いを偶発性に頼っていてはいけません。マネジメントを共通言語化して、マネジメントの質を揃えていく。アステラス全体のフロントラインの能力を高める。これが求める姿だと思っています。

このプログラムをワークショップとしてやることによって、マネジメント機能を画一化させるつもりはありません。なぜなら、マネジャーそれぞれ個々の強みがあり、それを綺麗にアライメントして、綺麗にまとめていくことはあまり意味がないからです。トップマネジメントも「マネジャーは責任を持ちながら自由にやっていい」というメッセージを発信しています。しかし、マネジャーそれぞれが、自分の個性を大事にしながら成長し、さらにマネジメントのレベルアップを図る、それが組織力の強化につながる。それがこのプログラムのポイントなのです。

どの分野でもビジネスの現場に入り込むことが重要

続いて、松永さんご自身のことについて少しお伺いさせてください。人事担当のキャリアはどのくらいになりますか。

15年になります。海外に転勤した時期もありますが、その時期も人事の業務をおこなっていました。人事業務に携わった当初は人材開発業務が主体で、海外赴任の後は。組織人事グループの一員として、配置施策などもおこなってきました。今年の4月からは採用を担当しています。

海外勤務のご経験があるとのことですが、海外のご経験で印象的だったことはありますか。

一番インパクトがあったのは、「ダイバーシティ」ですね。違うものを取り入れることで、それが力になるということを海外で目の当たりにしました。海外では、違う視点を獲得することに積極的なんですよね。日本人のメンタリティからすると、違和感があるのかもしれませんが、私はその重要性を強く認識しました。

 

もうひとつは、「組織開発」ですね。課題意識を持っていた組織開発についても、海外ではすでに取り組み始めていた時期でした。「人」だけではなく「組織全体」でという観点を持つのが早かったんです。アメリカは感度が高いと肌で感じました。

人事パーソンとしてキャリアを積む上で、海外に視野を向ける必要があるのではないかと思ってお聞きしたのですが、松永さんは、人事担当者はどういう経験を積む必要があると思いますか。ご自身のご経験の振り返りでも構いませんがお話いただけますか。

「ビジネスの中にある人事を捉えること」、「ビジネスを動かすために人事は何をするべきなのかについて真剣に考えること」など、やり方はいろいろあると思いますが、早い段階からそういった経験をすべきだと思います。

私の人事のキャリアの中で大きな成長に繋がったと感じるのは、コンピテンシー開発プロジェクトを担当した経験です。当時は36歳くらいでした。部門の人事を代表されている人達に対して提案を行ったのですが、「こんな文言は違う」「人事は何を考えているんだ」と反発され、最初は全く理解を得られませんでした。大きな壁にぶつかったのです。しかし、現場に赴き、ビジネスの中に入り込んで、必死になって取り組んだ結果、最後には賛同を得られ、賞賛してくれました。この経験は自分にとって大きな財産ですね。ビジネスの中に入り込んで、それを客観的にかつ人事的に動かす―そういう経験を人事パーソンとして、若い時に経験する。ビジネスのひとつの機能として人事がある、ということを感じられるような経験を、早い段階から積んで回していける機会が必要だと思います。

 

BP(ビジネスパートナー)とCoE(センターオブエクセレンス)の機能の議論がありますが、どの機能であれ、HRの代表者としてビジネスに入っていくことが大事。辛い経験をしてもいいんです。人事はビジネスを良くしていく為にコミットメントしていくんだ、ということを実感できる経験がとても大切です。

人事というのは経営とイコールである、ということを早めに気づく経験というのは、日本の人事のキャリアラダーを考えるとなかなか得にくいものでしょうか。

image3人事の広い機能の中で、いろんな分担があるので、それらを経験しながら人事のスペシャリストを作るというのと、全然違うビジネスを経験した後に人事に入ってくるというのと、どちらがいいのかについては色々な意見があっていいと思っています。ただ、「人事はまずは採用をやってその後人材開発をやって・・・」というキャリアラダーが全てだとは思いません。私は営業を6年やって人事に配属され、その後海外で2年HRの勉強をして戻って来ました。もしかしたら「人事」としては純粋培養ではないかもしれません。しかし、大切なのは、若手といわれる20代から30代に、ビジネスの現場に出て行って修羅場を経験すること。その経験は人事でなくてもいいと思います。与えられたその部門の中で、ビジネスを知る感性を磨くことが重要だと思います。

ご経験から裏打ちされているため、説得力のあるお話ですね。では、これまで人事として様々なご経験をされた松永さんが、これからチャレンジしていきたいことは何でしょうか。

広い意味で言うと、組織開発です。組織開発と言っても、切り口がたくさんあるのですが、特に今は若手層育成に興味があります。

企業の永続的な発展のためには、良い人財を採用して、期待したパフォーマンスを発揮して、リーダーになっていって欲しいと思っています。彼らはいろんな経験を積んで、部署を渡り歩きながらリーダーとして成長していきます。そんな中、誰が彼らを一貫してフォローアップするのか。マネジメント力を梃子にして組織力を高めるとともに、もう少し若手を支えることができないかと考えています。今は採用の業務もおこなっているので特にそう思うのかもしれません。

今、HRのトレンドとして、「テクノロジー」というキーワードが頻出しています。現在採用もご担当されているとのことですが、こと採用に関しては、今年、大手でも、エントリーシートをビッグデータで分析して、採用合否を判断するという企業が出てきました。今後はこのように、人事業務でもテクノロジーを併用することが増えていくと思われます。このような変化の中で、松永さんが「人事として大切に持っていなければいけない」と思うことは何でしょうか。

「真の意味のダイバーシティ=それぞれに個性があり、それぞれに捉え方がある」ということを人事がしっかりと理解して、どういう人で組織をつくっていくべきなのかを考えて、採用やその他の人材マネジメントをしていくべきだと思っています。きちんとポリシーを持ってそういったことを語れる、そういう人事でありたいですね。

 

テクノロジーはというのは、事故率の低減には威力を発揮するでしょうし、力を借りたいと思っています。しかし、今までのビジネスのイノベーションは様々な人がいたからこそ生まれたのは事実です。だからこそ「人間」による現場マネジメントが必要で、「人間」がいるからこそ一人ひとりの可能性に向き合える。人の可能性に向き合えて、自分の考えで引っ張って行ける、そういうことができる人事でありたいなと思います。

 

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